アメリカと日本のゲーム文化の違い
ゲーム一般:ゲーム全般:アメリカと日本のゲーム文化の違い 全体を要約しました
余りにも要約していない部分が長かったので全部要約してまとめました。
翻訳・要約担当者からのまえがき
原典はこちらです:
Clash of the cultures
The differences between Western and Japanese game design philosophies.
[1up.com]
注意1:翻訳したものをさらに要約しているため、文の流れ等が無く、論理的に乱暴であったり無礼に見える箇所もあるかもしれません。それらは私の能力不足によるものです。そう感じる方がいらっしゃいましたら素直に謝ります、ごめんなさい。また、興味のある方は原文を全部読んでみてください。要約では削らざるをえなかった例や対比が確認できます。
注意2:CAPCOM の方のコメントは英語本文中の内容を LYE が独自に翻訳したものであり、インタビューの内容をそのまま文書化したものではありません。またインタビューのソースも記されていませんのでその点もご了承ください。
注意3:基本的に欧米のゲーマー向けに書かれた内容であり、内容にはこのテーマの一般的な傾向、(意識的にせよ無意識にせよ) 「一方の優劣をつけたがる」が見える箇所もありますが、先ずは新しい視点を得るつもりで一通り読み通していただければ幸いです。
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目次
1. 序章
2. 自由
3. 自由:カメラ視点
4. 自由:セーブシステム
5. 「サンドボックス」ゲームと「リニア(いわゆる映画的)」RPG
6. 日米のアドベンチャーゲーム
7. 日米の絵柄の好み
8. 視覚的な嗜好に関する歴史的な相違点
9. 日本でアニメ絵が好まれる理由
10. ゲーム音楽の捉え方
11. 一方の地域でしか人気がないゲーム
12. 宗教
13. ゲームの難易度
14. 結論
序章
* ゲーム開発業界の現代の2大勢力は創始者:アメリカと80年代の家庭用ゲーム救世主:日本
* 米国と日本には、外側から来るアイデアを容易に受け入れるという共通の文化がある
* 同時に受け入れた要素にひねりを加えて自国に馴染む形に変形させるという傾向もある
* 一方で両地域のゲーマーが自国のゲームばかりを好む理由は (人殺しFPS 対 ファンタジRPG)?
* 本記事はすべてが検証済みで科学的な理論に基づくわけではないがひとつの興味深い考察にはなると思う
自由
* アメリカ人は個人の自由を非常に重要視し、強い自我を持つ
=> ゲームでも「自由」を愛する
* 欧米のゲームが観客向けに作られているのに対し、
多くの日本製ゲームはプレイヤーをデザイナーの世界へ招待するようなつくりになっているのではないか
自由:カメラ視点
* 日本発ゲーム:カメラ視点固定多い
=> より映画的なアプローチ
* 欧米タイトル:カメラ移動可
=> プレイヤーに周りを見回す自由を与えてゲームプレイを向上させる
* 理由1: 日本のゲーマーは一般に3D酔いを起こしやすい
* 理由2: カメラ視点制限
=> 映画的なスタイル強化
=> 開発者がユーザーエクスペリエンスを詳細にコントロールできる
* 理由3:昔のゲームからの名残? レトロな2Dアクションからの伝統?
* 一般的に日本の開発チームは、ユーザーが開発チームの想定したとおりにゲームをプレイできるようにしたがる(CAPCOM 小林 裕幸氏)
* 日本人は何をするのかが厳密に定義されていることを好むし、ゲームでも目標を示されたほうがゲーム自体に集中できると考える(CAPCOM 稲船敬二氏)
*
自由:セーブシステム
* 欧米製ゲーム:「いつでもセーブ」システム
* 日本製ゲーム:「セーブポイント」システム
* 理由1:カセット時代の名残? 欧米ではゲームの主流がPCであったため早くからどこでもセーブシステムを採用できた
CAPCOM:稲船敬二氏のセーブシステムに関するコメント
「アメリカのデザイナーはセーブシステムのことをゲームプレイの一部と捉えないけど、日本ではセーブシステムはゲームの一部と捉えられている。日本のゲームデザイナーは昔、技術的な限界がゲームにもたらすマイナス要素がゲームプレイのプラス要素として機能するように知恵を絞った。たとえば、初代バイオ・ハザードでは、”ここからセーブ室までの間にゾンビがいるかもしれない” という楽しみがあった。セーブが特定の場所でしかできないことで、ゾンビと遭遇するかもしれないという緊張感を高めていた。もし初代バイオ・ハザードでどこでもセーブできたとしたら、それはもう同じゲームではないと思う。」
「セーブシステムの活用というのは日本のゲームデザイナーがかなり神経を使うところのひとつです。」
「たとえば、デッド・ライジングでどこでもセーブシステムが採用されていたら、日本のゲーマーは萎えてしまう。どこでもセーブできるということがゲームの手ごたえを無くし、ゲームではないとすら思わせるでしょう。自分のステータスを把握し、手持ちの武器を管理し、セーブポイントまでの距離を理解することが デッド・ライジングというゲームの緊張感と面白さのキモだからです。この手法については、理解して楽しんでくれる人もいればそうでない人もいます。」
「サンドボックス」ゲームと「リニア(いわゆる映画的)」RPG
* 通常「サンドボックス」というゲーム用語は グランド・セフト・オートやエルダースクロールズ:オブリビオンなどの「どこにでも行けて、何でもできる」ゲームを指す
* ファイナル・ファンタジーやドラゴン・クエストなどの日本の人気RPGでは、 プレイヤーは一直線のストーリーラインに乗せられ、強いストーリー性が強調される
* サンドボックス的ゲームにももちろん追いかけるべきストーリーラインや具体的なゴールも設定されているが、いずれもまったく二次的な要素として存在している
=> 真に重要な部分は冒険までの道中にあり、すべてはプレイヤー自身が決定する
=> ゲームにどんどん自由を求める欧米
CAPCOM:稲船敬二氏の日本で好まれるゲームの傾向に関するコメント
「文化的な点で、日本の文化には稲作農業と島国根性 (”its status as an island nation”をちょっと強引に訳しました) しっかりと根付いている。」
「日本人は計画を立てることができて、ガイドがあって、集中するポイントがあることを望む。単純に言い換えると、日本人は知らないもの、どう変化/進展するか分からないものに接すると落ち着かないんです。これは RPG によく表れていますね。今は自分の攻撃ターン、次は敵の攻撃ターン。戦闘中に呪文を選べば、予想通りの効果が表れる。明確に定義されたゴールに向かってゲームを進める。日本人はこういったタイプの「明確なゴール」が設定されたゲームを好むし、その嗜好性はゲームデザインにずっと影響を与えてきた。日本のゲーマーは「サンドボックス」にガイドなしで放り込まれるタイプのゲームは楽しめないんです。 どこに行ってもいいよ、と言われてもどこにも行かないという選択をする日本のプレイヤーは結構多いでしょうね。」
「一方で欧米人は、知らないものと出会うとワクワクするみたいですね。例えば、狩猟クラブで鹿狩りに行って熊に遭遇したら、日本人なら驚いて怖がると思いますが、アメリカ人は多分熊を撃ち殺して、鹿の代わりに熊ゲットしたぜ!って興奮すると思うんです。 僕はこの、”知らないものは知っているものよりも良い”というアイデアが重要な相違点なのだと感じます。」
上記コメントに続く CAPCOM 小林氏のコメント
「このテーマは、先ほどの”日本の開発者は想定したとおりにゲームが進むようにしたがる” と部分的に重なりますね。このケースでは直線的なストーリー運びは、ちょうど本を読むのと同じように、終始一貫してプレイヤーを物語の流れに巻き込むのに役立ちます。海外の多くのゲーマーは自分だけの冒険を作り上げることを好み、制限のないスタイルを好みます。これはバイオハザード4がヒットした理由のひとつではないかと思います。シリーズ史上最も自由でしたから。」
日米のアドベンチャーゲーム
* 昔、アドベンチャーは両地域で非常に人気のあるジャンルだった
* 米国のアドベンチャー ゲーム ジャンルは実質的に死んでおり、いくつかのヨーロッパ製ゲームでなんとか生き延びている状態
* 日本ではアドベンチャー ゲームはまだ 活発に”生きて” いる
* 初期の段階において、日本と西洋のゲームスタイルはストーリーテリングと謎解きに焦点を絞っていた(スタート地点での下地は一緒だった)
* このジャンルでも初期の段階で西洋にはサンドボックス的、日本はベルトコンベア的な傾向があった
* 日本のアドベンチャーの多くはライセンス提供のアニメ ゲームか恋愛シミュレーションのエロ ゲーム
* 例外的に「おさわり探偵」や「逆転裁判」などの優れたゲームがある (「逆転裁判」については欧米の批評家の間ではその一本道のストーリー展開に否定的な意見もあったが、その脚本とユーモアのセンスは賞賛されたそうです)
日米の絵柄の好み
* アメリカのゲームはまず第一に「リアリズム」を追求する傾向
* 日本のゲームはより明るくカラフルで、多様なアートスタイルが用いられる傾向
* 一例:スケボー系ゲーム 米:Tony Hawk VS 日本:Jet Set Radio
* 日本のゲーマーにはアメリカのゲームは全部似たように見え、 キャラクターは味気なく、魅力が足りないと感じる
* アメリカのゲーマーからは、 剣を握って戦うよりはファッション ショーに出たほうが良さそうなツンツン頭のかわいい男の子のキャラクターに不満が噴出する
視覚的な嗜好に関する歴史的な相違点
* 19世紀の日本/アメリカの警察の制服や戦争時の甲冑を比較してみると (新撰組VS保安官) その時代においてすでに視覚的な嗜好の違いを見ることができる
* アメリカの厳しい開拓時代において、”伝統を守る( = 美しい衣装等)” ことよりも “合理的” に “生き残れる” 選択をすることのほうが大事だった
* 歴史的な違い:日本の寺 = 流曲線と曲線が特徴的、グレコローマン的建物 = でかい柱と直線 という対比
日本でアニメ絵が好まれる理由
* 大人も漫画を読む文化があり、漫画・アニメは明るく色彩豊かである傾向がある
=> ゲームでも同様のスタイルが許容される下地
* 欧米のエンターテイメントの主役は映画や TV である
=> リアル志向を加速?
* 日本ゲームの男性キャラクターがかわいくなる理由としては購買ターゲットに女性を考慮しているという理由があるのではないか
=> 欧米では主に男性向けにゲームを作る
* ヒーロー像の違い―
欧米:マッチョ、ソルジャー
日本:美少年 (腐女子向?)
ゲーム音楽の捉え方
* 日本のゲームは多様な音楽をゲーム専用に作成して使う => メロディはゲームの重要な要素と捉える
* 欧米ではオーケストラや既存のメジャーな曲を使用することが多い
* 欧米で人気の Xbox 系ハードでは自分でプレイリストを作成してかける音楽をカスタマイズすらできる
(訳注: “効果音は出したまま好きな音楽かける”機能がデフォであります)
* 日本で独自音楽作成文化がはやったのはファミコン登場時からではないか
* 既存の楽曲はゲームのストーリーにあわせて作られていないので雰囲気にぴったりフィットしない
一方の地域でしか人気がないゲーム
* 電車シミュレータ:交通システムの違い、アメリカでは電車より車
* 戦争系 FPS:軍もないし、銃も身近にない、PC ゲーマーが少ないのでキーボード移動&マウス エイムに親しみがない
宗教
* 日本:悪の宗教組織を倒すの大好き => ボスが神というパターンが多い
=> 神を殺すという行為が一神教の国では強い抵抗感を生む
(ブレスオブファイア、魔界塔士Saga、FFタクティクス、ゼノギアス、女神転生などなど)
* 日本のゲームで神殺しが許容される理由:日本では神様がたくさんいる、また輪廻転生という考え方もある
ゲームの難易度
* 日本:少数の超ハードコアゲーマーと大量の羽毛級ライトゲーマー
=> 日本のゲームは必然的に難易度が低くなる
=> ローカライズの際に欧米向に難易度を上げることが多い
(訳注:欧米でゲーマーといえばハードコアな人が多いという前提?)
* 欧米のレンタルゲーム店の存在
=> 簡単なゲーム出そうものならレンタルで済まされて売れない
(訳注:ツタヤでゲーム借りられるのを想像してください)
* 製作段階での視点の違い
=> 欧米:クリアする課題が激ムズなのを望む客 => クリアが目標として機能、能力じゃなくPスキル上げメイン、そのためにゲーム内で何度死んでも気にしない
=> 日本:RPG メイン、死ぬのを嫌う客 => P スキルじゃなくキャラクタの能力あげメイン => 適切に進めれば死なないバランス作り => 難易度低下
※ ここで、CAPCOM の稲船氏のきついコメント「日本の製作会社は難しくても売れるゲームを作る能力を失いつつある」と。
結論
* ゲーム名こそ違うがキャラクターを育てて強くするゲームは両地域で人気がある
* 日本にも洋ゲー万歳のゲーマーが少数だけどいる。
* だからこそニッチながらも洋ゲーが発売されている。
* 欧米でも日本的ゲーム―例えば新女神転生とか―のコアなファンはいる。
* 優れたゲームはどこへいったって優れたゲーム、数百年に及ぶ文化の差を埋めるほどに。
* 結局のところ、実際に思われているよりも共通点は多い。
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